藤林 杏、25歳。
9月9日生まれ、O型。
職業:保育士。
身長:160cm、BWH:82/56/82。
体重……ひみつ♥
……って、なんで女の子にそんなこと聞くのよっ、もうっ。
これが、あたしのプロフィール。
え?ひとつ大切な事が抜けてるだろ、ですって!?
彼氏いない暦……○年。
もうっ、うっさいわね!そんなこと言う人、嫌いですっ……じゃなくて、そんな事言うヤツは英和辞典で○○○○かち割るわよっ!
自分で言うのもなんだけど、あたしは決してモテないわけじゃない。これまでも、それなりに男の人から告白された事だってある。
でも、その度に断ってきた。別に、あたしの理想がそれほど高いってわけじゃない。
たぶん、それはきっと、アイツのせい……


「それじゃボタン、行ってくるわね。いい子にしてるのよ。あと、くれぐれも渚んとこのパン屋のオッサンには気をつけるのよ。」
「ぷひ~」
しばしの別れを惜しんで足元に擦り寄る愛息(って、うり坊だけど。そうよ、そもそもあたしは彼氏いない暦…○年よ。何か文句ある!?)に声をかけながら、あたしはいつもの朝と同じように、愛車に跨りエンジンをかける。よしっ、今日もエンジン良好ね!
眠りから覚め大きく呼吸を始めた愛車は、静かな朝の道を目的地へ向けてゆっくりと走りだす。徐々にスピードを上げる。朝の風が心地よい。
あたしが学生だった頃は、まだこの辺り一帯は雑木林だった。でも、あたしが高校を卒業して間もなく開発が始まり、今ではすっかり新興住宅地となっている。そのせいか、この地域では共働きの夫婦が多く保育所の需要が高いらしい。おかげさまで、あたしの勤める保育所も朝から晩まで大忙しだ。
ぺっぺっぺっぺっ……
……ったく、我が愛車ながら恥ずかしいくらいポンコツなエンジン音ね。


10分ほどバイクを走らせれば、勤め先の保育所に到着。
いつもの朝と同じように、あたしは事務室で園長や同僚たちと挨拶を交わしてから、ロッカールームへと向かう。そして、ロッカーから保母さんエプロンという戦闘服を取り出し身に着ければ、今日もちびっこギャングたちとの戦闘準備は万端だ。
「よしっ、今日も一日頑張るぞっ!」そう心の中でキアイを入れると、あたしは一日のはじまりの重要な任務である、園児たちのお出迎えのために園庭へと向かった。
「杏せんせ~、おはよ~~」
「杏先生、おはようございます。今日もよろしくお願いします。」
「ともちゃん、おはよっ!ともちゃんのお母様、おはようございます。今日もお仕事頑張ってくださいね!」
「杏せんせえ、おはようだぜ!」
「あ、真人くん、おはよっ!真人君のお父様、おはようございます。」
「コラッ、真人。もっとしっかり杏先生に挨拶しなきゃだめだろ!あ、杏先生、ウチの愚息が今日もお世話になりますっ。」
次から次へと登園してくる園児やその保護者と朝の挨拶を交わす。あたしが保育士としてこの保育所に就職して以来、毎朝恒例の風景だ。
「杏せんせえ、おはよ~」
しばらくして、あたしの受け持ちの園児である汐ちゃんが登園してきた。
「あ、汐ちゃん、おはよっ!あと、汐ちゃんのパパも、おはようございます。」
「杏先生、おはようございます……ってか藤林……オマエ、その『汐ちゃんのパパ』ってのはやめろよな。」
汐ちゃんのパパとあたしに呼ばれた男は、恥ずかしそうに苦笑いしながら言った。
「え?だって汐ちゃんのパパは汐ちゃんのパパじゃない。なんか文句ある!?」
汐ちゃんのパパこと、岡崎朋也。あたしの学生時代の悪友だ。
否、悪友「だった」といったほうが適切か。
朋也は、汐ちゃんの母親である、奥さんの渚(ちなみに、朋也つながりで渚もあたしの友人だった……って、あたしってばいったい誰に説明してるんだか)を病気で亡くしてから、渚のご両親の力を借りつつも、ずっと男手ひとつで汐ちゃんを育てている。
「お前に汐ちゃんのパパとか言われると、なんかこの辺がムズムズ~っと……ってか、別に『朋也』でいいだろ。」
朋也は、なおも恥ずかしそうに小声で言う。
そんな朋也にイラついたあたしは、つい語気を強めて言ってしまう。
「『朋也』って……あたしたち、いつまでも学生の時のまんまじゃないんだからね!」
……。
自分で言った台詞に、胸がチクリと痛んだ。
そんな胸の痛みを誤魔化すように、あたしは慌てて話を切り替える。
「そ、それよりアンタが来るなんて珍しいわね。今日は早苗さんじゃないの?ってか、それより時間はいいの?」
「あ、やべぇ。もうこんな時間か。それじゃ杏センセ、汐をお願いしますっ!」
「パパぁ、いってらっしゃい~」
「お仕事頑張ってね~、汐ちゃんのパパ~」

汐ちゃんのパパ。
杏先生。
それが今の、あたしたちの「関係」。





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