物心ついた頃から、俺は町から町へと旅をする生活をしてきた。

母と死別してからは、独りで、今も町から町へと旅をする生活を続けている。

俺はこれまで、決して安住の地を求めることはしなかった。
それは、安住の地よりも他に求めるものがあったからだ。

そうして旅をする生活を続けていた俺は、ある海辺の町へ辿り着き、そこで1人の少女と出逢った。

俺はこれまで、決して安住の地を求めることはしなかった。
しかし、初めて俺は思った、この町で、この少女と一緒に、この夏を繰り返したいと。

この夏が、永遠に続きますように――


ある海辺の町で出逢った少女、観鈴と一緒に海岸の堤防に腰かけて他愛もない話をしながら海を眺めていた、ある初夏の昼下がりのこと。

「それにしても良い天気だ。こんな天気の良い日は金稼ぎなんかしないで、永遠にぼーっと海でも眺めててぇなぁ……。」

「にはは。往人さん、それじゃほんとにダメダメ星人だよ。」

俺のしょうもない呟きに、いつもの無邪気な笑顔で答える観鈴。

しかし、次の瞬間、普段見せることのないどこか遠くを見つめるような表情で、俺に問いかける。

「ねえ、往人さん。往人さんは、永遠ってあると思う?」

「永遠か……」

観鈴の問いが観鈴らしくない問いであるゆえ戸惑う俺に、観鈴はなおも問いかける。

「往人さんは、未来のことが見えたり感じたりできる?」

「法術使いの俺でも、さすがに未来を予知することはできないな。」

「うん、わたしも。だからね、こうして往人さんと一緒に海を見ながらおしゃべりしてる、いまこの瞬間がわたしにとっての永遠、かな。」

空の向こうの存在者を見つめるような眼差しの観鈴はそう言うと、しばし沈黙した後、ぽつりと呟く。
「わたしには、いまこの瞬間しかないから……」

俺は、急な不安に襲われた。
たしかに、1秒先の未来なんてフィクションだ。
でも、1秒前の出来事、昨日の出来事、観鈴とこの町で初めて出逢った時の事、そして、母と過ごした幼い日々の事――それらさえ、もしかすると夢だったのだろうか。
掴もうとすれば、砂のように指の隙間からさらさらと流れ落ちていってしまうような、儚い夢だったのだろうか。

俺は、縋りつくことのできる永遠が欲しかった。
これまで、決して安住の地を求めることはしなかったのは、永遠を失うことが怖かったからなのかもしれない。
永遠を失う?
もしも永遠が幻想ならば、そもそも失うことなんてないはずだ。
しかし、永遠なんてないことを知ることが、俺は怖かった。

俺は、恐怖を振り払い不安を打ち消すべく自分に言い聞かせるように、観鈴に問う。

「でも観鈴、過去も……想い出も永遠なんじゃないか?」

「うん。でもね、それは恐竜さんの化石のような永遠。化石だから、落としたりしたら、壊れちゃう……忘れてしまったら、壊れちゃう、永遠。」

落としたりしたら、壊れてしまう、化石のような永遠……

ふと、幼いころに母から聞いた、魔法を使う代償として記憶を失う魔法使いの男の物語を思い出す。

たしかに、魔法使いの男は記憶――「想い出」という「永遠の宝物」を失ってしまう。
しかし、その物語の結末は、不幸な結末だっただろうか。

そうだ……たしかその魔法使いの男は、「想い出」という「永遠の宝物」を失った代わりに、新たな「永遠の宝物」を手に入れたはずだ。
それはたしか、俺がこの海辺の町で手に入れた「永遠の宝物」と同じものだったはずだ。



「往人さん……ねえ、往人さん?」

「ああ、悪い。ぼうっとしちまった。それにしても暑いな……。」

「あっ、そうだ。往人さん、ちょっと待ってて。」

それからまもなくして息を切らせて戻ってくると、紙パック入りジュースを俺に差し出した。

「にはは、今日は観鈴ちんのおごり。」

「サンキュ、って、また『どろり濃厚』かよ。」

「が、がお。どうしてそういうこと言うかなぁ……じゃあ、もうあげないっ」

「冗談だ冗談。観鈴、サンキュ。」

堤防に腰かけて海を眺めながら、二人並んで『どろり濃厚ピーチ味』を飲む。
そんな平凡な初夏の午後も、いまここにしかない永遠だ。

「えいえんは、あるよ……ここに、あるよ……」

ふと、幼い頃に見た夢の中の少女の言葉を思い出す。

あの少女は、いったい誰だったのだろう。
分からない。
でも、たしかに少女の言う通り、永遠はここにある。

いや、もしかすると永遠はここにしかないのかもしれない。

俺は、観鈴と一緒に過ごすこの夏を、いまこの一瞬を、何度だって永遠に繰り返す。

俺は、夏をどこまでも続けていく。

無慈悲にどこまでも続いていく夏に、時の流れに逆らうかのように。

終わりと始まりが青く溶け合う空の下で。

歓びも哀しみも全てを受け容れてぐるぐると廻る、この大気の下で。

fin.



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